頭 陀 袋 (一字庵通信)
 新しいコーナーの扉を開けていただいてありがとうございます。
菊舎に関する新着ニユース、情報、文化交流など、頭陀袋からつれづれなるままに取出してまいりたいと思います。
「開けてびっくりポン!」の話題も、時にはあるかも・・・。
どうぞ、お付き合いください。
  一字庵十一世・岡 昌子 記 
頭陀袋 その四十二】

 突出しに贔屓(ひいき)の多き相撲哉
                     菊舎

 長府庭園
  江戸の当時から、相撲は大人気であったようで、なかでも正面からぶつかり合う突出しは、手に汗握るおもしろさだったに違いありません。その相撲の楽しさを、俳句で再現したらどうなるかと、十数年前から工夫に工夫を重ね、本場所さながらの俳句相撲を観戦いただくようになってまいりました。
 教育現場での出前に加え、一昨年から一般人も対象に、各地で巡業をはじめ、今年は先日の8月20日、150名の来場者を長府庭園書院に迎え、横綱をめざして十六チームが熱い戦いを繰り広げました。

 その結果は取組表をご覧ください。四股名(二人一組)で記載しています。

内容は、一回戦は、「」の句。二回戦は「」の応募句で勝負をして、
    (二回戦までの句は→PDF
三回戦からは「」を入れた句を即吟(4チーム8名)してもらいました。その結果、優勝戦に残った関取は
 瀬戸の海  雲の峰水尾長々と関の海
 華山      初秋や赤間ケ関の雅の集ひ
勝ち続けて、横綱になったのは「瀬戸の海」。

参加賞をはじめ、取組ごとに各社提供の景品を積み上げ、終にホテル西長門リゾートのペア宿泊券とラジオの横綱賞を獲得されたチームは、國田邦子氏・石田満恵氏。準優勝チームは長岡芳玲氏・原田美佐子氏でした。

このほかにも、当日句「花野」で選者賞を獲得した句
  お互ひに老には触れず花野道
  雲もえて花野の果ての落暉かな
  車椅子花野の海を漕いでをり
一字庵賞は、当日行司役の内田恒生氏でした。
  月山に雨走りくる花野かな
全投句から最優秀に輝いたのは野田智寿子氏でした。
  新涼をゆるやかに押す太極拳
皆さん、おめでとうございました。これからも、俳句の楽しい輪が、どんどん広がっていくことを期待しています。

 また、当日賛助出演の下関朗吟会32名の皆さんの菊舎吟、「とてもすばらしくて感動した」との感想が寄せられています。ありがとうございました。

 相撲大会の開催にあたり、ご支援いただきました関係各位に、改めて心より厚く御礼申し上げます。
   (岡 昌子)   2017年8月27日

頭陀袋 その四十一】 
飛ぶ鳥の翅かり度あつさかな  『文化五年漢詩発句集』

なんと暑いことでしょう。ご体調はいかがですか。お見舞い申し上げます。
菊舎在世の江戸時代は、現代より数度低い気温だったと思われますが、
それにしてもエアコンもなく、冒頭句の菊舎の気持ちわかります。
 さて、下関市立歴史博物館の企画展「女流文人田上菊舎―江戸の女子旅―」は、七月末をもって終了しました。晩年を過ごした長府の地での開催は、12年ぶりでした。
幅広い文雅活動と快活洒脱な菊舎の生き方の一端を味わってくださったことでしょう。
 今年は、このほかにも
伊丹市柿衞文庫
  「俳諧と茶の湯」展
        9月9日(土)~10月22日(日)
宇治市萬福寺 文華殿 
  「山門を出れば日本ぞ茶摘うた」田上菊舎展―その雲遊の旅―  
         10月18日(水)~11月30日(木)
で、菊舎作品の展覧会が行われます。
 これらの企画展のなかで、私が最も力を注いでいるのが、菊舎顕彰会共催の黄檗山萬福寺での菊舎展です。萬福寺所蔵の数点を除き、すべての資料作品は、こちらから発送いたします。
 封建社会の数々の規制を越え、生涯を「山水の過客」として自在に生き抜いた「人間菊舎」のスケールの大きさと、しなやかな生き方のわかる展示をと、鉢巻をしめ奮戦しています。
 また、萬福寺三門前の菊舎句碑「山門を出れば日本ぞ茶摘うた」建立に際しての初公開資料や、生誕地に大切に守り継がれてきた作品の数々をご紹介します。
皆さまの秋のご旅行の計画のなかに、二つの展覧会を入れていただくと嬉しいですね。
関連行事のご案内は、次回にお知らせします。くれぐれもご自愛のほど・・・。
 
    (岡 昌子)   2017年7月31日
頭陀袋 その四十】
 
 けふは今日に咲て芽出たし花槿  『手折菊』

 庭に花槿が咲きはじめました。この一枝を花瓶に差し先日、NHK山口放送局の「山口ことばの物語」の撮影に応じました。
番組内容は、菊舎の俳句(ことば)にどんな感銘をだき、その人の人生にどんな影響をあたえているかを伝えるというものです。
私のほか会員3名も取材を受けましたが、数多くある菊舎の俳句の中からそれぞれ一句を選び紹介しました。
そこで、私が紹介したのが冒頭句です。菊舎はこの句の前書に
  昨日は過、明日は期しがたし
と記しています。
 木槿は、朝開いて夕べには散る一日花です。過去を追うこともなく明日を思い悩むこともなく、水の流れのように、雲の流れのように飄々と生き抜いた菊舎ならではの一句だと思います。悲しみも苦しみも乗り越えて、今日ただ今の命をありがたくいただき存分に輝かせていく、そんな人生を送りたいものとこの句を口ずさんでいます。

放送は、7月10日(月) 18時10分~19時までの情報維新!やまぐち内で予定されています。どうぞ、ご覧ください。
 
   (岡 昌子)   2017年6月30日

頭陀袋 その三十九】 
   月を笠に着て遊ばゝや旅のそら
この一句が、菊舎に関心をもつきっかけだとおっしゃる方がかなりあります。
俳句はわずか十七音ですが、この内にこめられた心情や自然や宇宙感は、広くて深いものです。それらの一瞬を詩的に捉え、針の穴に糸を通すがごとく、一句を詠む醍醐味は、短詩ならではのものと云えましょう。

 6月7日、地元の豊北高校三年生を対象に、出前授業に行きました。
昼食後の5.・6時限は、睡魔との戦いてもあり、話でなく、先ずは虫食い問題に挑戦。
原句よりも結構面白い表現に感心したり、笑ったり・・・。次は、生徒らの事前投句をテキストに、俳句のきまりを教えつつ添削しました。そして、6時限の俳句相撲に向けて代表が袋の中に手を入れ紙片を取出し、席題の季語「入梅」と「雲の峰」が決定。

 休憩後、いよいよ、拍子木に合わせ「俳句相撲夏場所」のはじまり、はじまりー。
東西に分かれ相撲をとるのは、内証で詠んだほやほやの自筆俳句。
呼び出され、読上げられて始めて見る一句の新鮮さ、楽しさ。教室にあがる歓声。
全員が持つ東西赤青の団扇の数で勝負。
トーナメントで勝ち上がった最終戦の俳句は、
入梅や長く悲しき片想い」と「入梅や靡かしている乱れ髪」。
果たして横綱句はどちら? ・・・
青春真っ只中の高校生らしい恋の句で勝負。(前句横綱) 拍手!
皆で大いに味わった、作る楽しみ、選ぶ楽しみ、集う楽しみを再確認した一日でした。
    (岡 昌子)   2017年6月09日
頭陀袋 その三十八】
 
 うたひなれしづやかな宇治の田植うた

 この菊舎句は、寛政2年京都東山双林寺で行われた芭蕉百回忌取越法要に参列のため上京した際、宇治を訪れて詠んだものです。いま当地も田植えの真っ最中です。
御存じのように昔から宇治は茶所として有名で、菊舎は茶師竹田紹清や河村宗順とも親交し茶事のもてなしを受けています。また、黄檗山萬福寺に参詣し「山門を出れば日本ぞ茶摘うた」の一句を授かっています。
 さて、先日の5月18日から22日にかけて、アメリカのUSC(南カリフォルニア大学)からレベッカ先生がお越しになりました。レベッカ先生は、茶の湯を通じて菊舎研究をされている若き博士で、2014年には『日米女性ジャーナル』誌に、「-江戸時代における茶人のアイデンティティの創造―太田垣蓮月と田上菊舎」 という論文を発表されています。
 19日には顕彰会の吉村理事宅の茶室で、菊舎にちなんだ風炉手前の茶事が開かれ、裏千家の作法に添って上客を着物姿(帯は東海道五十三次図)でさらりとつとめられました。翌20日には拙宅にて『空月庵むた袋』などの茶事に関する軸や資料をご覧にいれながら菊舎談義に花を咲かせました。
というのも、彼女の堪能な日本語のお蔭です・・・。
 午後は下関市立歴史博物館にご案内、菊舎自愛の茶道具や『空月庵むた袋』の原本を目近に見せていただきました。その興奮も収まらない帰り際、何と『空月庵むた袋』の所蔵者 伊藤様(赤間が関の大年寄・本陣・杢之允子孫で東京在)にぱったり出遇ったのです。きっと菊舎が引き合わせてくださったことでしょう。ありがたいご縁に感謝するばかりです。
 日本の近世の自立した女性の生き方に興味を持たれ、来日された昨年のクラウリー先生と今回のレベッカ先生。すっかり意気投合し仲良くなりハグしてお見送りしましたが、明日からは私が京都・大津・宇治へと所用で出かけます。その中でも、菊舎展(10月18日~11月末)を開催する黄檗山萬福寺での打ち合わせが中心です。冒頭句のような宇治の田植うたに出遇えましょうか・・・。
 
   (岡 昌子)   2017年5月24日

頭陀袋 その三十七】 
 昨今は、菊舎生誕地も過疎が進み空き家が目立ってきました。しかし、私は菊舎の育ったこの自然豊かな田舎が好きです。菊舎が居た当時と風景はそう変わっていないと思いますが、交通や通信網は大きく変わりました。お蔭で私は菊舎尼を通じて、全国各地の先生方や会員の皆さま方と交流をさせていただき、それがとても楽しいのです。
大岡先生とお会いしたのは一度きりですが、その後、菊舎図書を発行する度ごとにお届けしていました。それに対し、いつも礼状をくださった先生でした。
一字庵菊舎俳句集』(平成11)は、資金もなく菊舎尼には申し訳ないほどの粗末な体裁の俳句集(77頁)でした。しかも世間知らずで5000冊も印刷したのです。そして、最初に差し上げたのが大岡先生でした。その後、この句集の俳句を取上げ「折々のうた」に掲載くださいました。
   2002年「寝ざめ寝ざめ果は寝過す夜長かな
   2006年「山門を出れば日本ぞ茶摘うた
  そして、2007年3月の最終回となりました。   
 薦着ても好な旅なり花の雨   田上 菊舎

  『一字庵菊舎俳句集』(平成11)所収。
  江戸後期の女性俳人。父は長府(山口県)藩士。
  二十四歳で寡婦となり、尼になる。詩・書画・
  茶・琴などに長じた才女だが、菊舎を有名にした
  のは、三十歳を前にして始めた各地への大旅行。
  その当時の句に「月を笠に着て遊ばゞや旅のそら」。
  六十歳で家集『手折菊』四巻を著す。「薦着る」は
  乞食になること。そうなったとしても旅が好きだと
  いう見あげた決意。七十四歳で没。

平成11年刊行の『一字庵菊舎俳句集』が出尽くした平成25年秋、
念願の『田上菊舎句集』(262頁)を刊行することができました。
編集や装丁にも工夫をこらした俳句集に仕上がっています。
大岡先生を魅了した菊舎俳句を、多くの方にも味わっていただけたら幸いです。 
 
今年の桜は、例年にない見事な美しさです。その花の下に佇むと、西行を囲み松尾芭蕉も菊舎も大岡信先生も、ひとつ花莚ににぎやかに詩の宴を開いていらっしゃるように思えてなりません。    合掌
 
一字庵菊舎俳句集  田上菊舎句集 
    (岡 昌子)   2017年4月16日
頭陀袋 その三十六】
 平成12年下関市の文化講座に講師としてお越しになった大岡信先生にお目にかかり
「上野さち子先生ご労作の『田上菊舎全集』がもうすぐ出来上がりますね」とお話しすると、大岡先生は「僕もたいへん楽しみにしています」と仰いました。
そして秋には待望の『田上菊舎全集』上下二巻(発行 和泉書院)が装丁も美しく刊行。心躍らせつつ大岡先生の序文「田上菊舎を読む楽しみ」を一気に読みました。
その時のワクワク感は今もしっかり覚えています。3頁にわたる全文をここに掲載したいのですが、長くなりますので抜粋してご紹介しましょう。

 田上菊舎を読む楽しみ 
                       大岡 信
  田上菊舎は、もし古人を今甦らせることが可能なら、女性としてはまず真先に甦らせ、その謦咳に接してみたい人である。他の女性にはどんな人があるかしら、と頭の中で探ね人をやってみると、清少納言、和泉式部、いやそれよりも以前に大伴坂上郎女や紀女郎もいるし、下っては後深草院二条のような女性もお会いしてみたい女性たちである。けれども江戸時代となると、なかなか見つからない。俳人に限っていうなら、菊舎よりも十数歳年長だった武蔵八王子出身の榎本星布には逢ってみたかったと思う。
この人は齢三十九歳で寡婦となったというが、二十四歳で夫に死別した菊舎同様、尼になって以後の女一人の暮しが生み出したものが、どれほど豊かに創造的だったかを、一種驚異の思いで顧みさせる点で、菊舎尼にせよ星布尼にせよ共通しており、おのずと日本における尼僧文学および尼僧文化の豊かさについて思いめぐらすことを、私たちに誘いかけてくるのである。
・・・・菊舎句紹介・・・
 私はどうも田上菊舎の句が、わけても開放的な性質を強く持っていることに惹かれているらしい。それが、江戸時代という時代の中でどれほど特筆に値することだったかということを思うゆえに、田上菊舎という女性文人が存在したことを、限りなく尊いことだとおもうのである。
・・・・
  最後に、これは野次馬的好奇心のあらわれとして上野先生には一蹴されてしまうかもしれないことだが、二十四歳で寡婦となり、二十八歳からは解き放たれた若駒のようになって、日本の都市、農山村、漁村から、九州長崎のようなところまで健脚で征服しつくし、詩・書・画・弾琴・茶会その他、文人墨客のマスターすべき條々のすべてをわが物としていた爽やかな女人が、時に男性たちの憧れの的になったとしても、少しも不思議ではなかっただろうと思うのである。全集の書簡集などに、そういう面でのやりとりの片鱗でもうかがえるなら、私の菊舎像もさらに完全なものになるのだが。


  この大岡先生の最後の言葉を受けて、上野先生は私にこう仰いました。
 「私もそう思う。ただ私には時間がもうない。ここは、岡さんあなたに頼む・・」と、
 上野先生は私に宿題を残して、平成13年9月22日に逝去なさいました。
 私はこのことについて、大岡信先生にお返事することもなく、ついに逝かれてしまいました。
 
   (岡 昌子)   2017年4月11日

頭陀袋 その三十五】 
 大岡信先生の訃報に接し、いただいた便りの数枚を取り出しなつかしく思い出しています。
 メッセージ
菊舎さんがもし今日ご存命だったなら、お目にかかってさまざまなお話をうかがってみたいものです。
日本の全歴史を通じてお目通りねがはしい筆頭の女性文人です。その気象の闊達なさまは、お書きになった文章に余すところなくあらはれゐます。好ましい方です。
                               大岡 信

これは、平成15年11月11日~30日まで、山口県立美術館において開催した、菊舎生誕250年記念「旅する女流文人田上菊舎展」の開会式に寄せてくださったものです。
大岡信先生とのご縁は、菊舎研究家で俳文学者の上野さち子先生が取り持って下さったことからでした。
 上野先生は、平成12年秋刊行予定の「『田上菊舎全集』の序文を大岡信さんに書いていただかれたのです。そのお礼だったのでしょうか、上野先生から電話をいただき、「菊舎の里・豊北名産のあの梨を大岡信さんの許に送ってもらいたい」と頼まれました。というのも、私の句友の農園産豊北梨をときおり上野先生にお届けしていた関係で、「あのおいしい梨を大岡さんにも・・・」という思いがあったようです。その荷物の中に菊舎顕彰会の会長として、「折々のうた」の愛読者の一人としてご挨拶を同封させていただいたのが最初でした。もちろん上野先生の快諾も得てのことです。菊舎顕彰会発行の『一字庵菊舎俳句集』を印刷中の平成11年秋のことです。それから、しばらく後、ささやかな菊舎の俳句集が出来上がり、大岡信先生にもお届けしたところ、早速、朝日新聞に連載中の「折々のうた」に次の菊舎俳句を掲載くださいました。
 
   故郷や名も思ひ出す草の花  田上菊舎

 『菊舎俳句集』(平11)所収。天明から文政まで、江戸後期の爛熟した時代に、漢詩・書・画・琴・和歌・茶道など諸芸に達し、かつ郷里長州(山口県)から奥州・江戸・京都・長崎その他へ度重なる大旅行をして各地で文人墨客とも親しく交友した一級の女流文人。久しぶりに故郷へ帰った時の吟で、「名も」の「も」が実に効いている。二十四歳で夫に死別、出家して尼となるが、以来全面開花。

大岡信先生のことは、何度かに分けてお話しいたします。
                           合掌
    (岡 昌子)   2017年4月08日
頭陀袋 その三十四】
 「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」とバタバタ月日は過ぎ去っていきますが、
皆さんお元気に春をお迎えでしょうか。私はちょっとしたハプニングにあい、肩を落としていましたが、気を取り直して活動を再開しています。
20年前、菊舎の一字庵を継承した時から、文台に附属している俳諧古文書の読みを試み、大学ノートに記していたのですが、それをデーター化すべく、ここ数か月入力作業をしていました。
ところが、頼っていたパソコンの外付けハードデイスクが壊れ、復旧不可能となりました。数年前までのデーターはUSBに保存していたのですが、近年の研究資料の更新部分も消えてしまい、 
春愁や危うきものに電子機器
と詠んで、あきらめました。これまで菊舎関係の出版を沢山してきましたが、その重要性を再認識する出来事でした。

一字庵文台附属の美濃派伝書は、『俳諧十論』『十論為辯抄』『十論聞書』『露川状』『筆論』『俳諧略系』『遺訓正花論』『獅子庵の辯』『篗(わく)纑(かせ)輪(わ)』『百里鶯』『温故暁我』『雑字類編』『五竹師句評抜書』『夢の三とせ』『神武権衝録』『横物3冊』などです。これらを翻刻・分析して研究してくださる方があればいいなと切に願っています。
近世の俳諧史に興味をおもちの方があれば、地域に残る俳諧関係の古文書が眠りから覚めることができるのではないでしょうか。
 
 只今菊舎顕彰会は、新年度の会員(会費1口1000円)募集中です。
5月7日(日)午後1時半からの総会では、七弦琴と関係資料展示や、中村佑研究員の映像「菊舎を追って」をいたします。
6月18・19日は、島原・雲仙の菊舎ゆかりの地を尋ねる会員研修をいたします。その他の行事は追々お知らせいたしますね。
「菊舎顕彰会はいいよ」との声が、風の便りに聞こえてきました。温かい応援、ありがとうございます。
 
   (岡 昌子)   2017年3月26日

頭陀袋 その三十三】 
  カッチ カチ カチ カチ カチ~ 教室に 拍子木の音が響きます。
外国人に日本語を教える会「俳句相撲春場所」のはじまり~はじまり~
烏帽子をつけ、軍配をもった行司役兼・呼出しの私と、青色と赤色の法被を着た東西組の世話役2人が正面に現れ、いよいよ俳句相撲の取組の開始です。相撲をとる関取は、受講者の作った俳句。
 勝敗は受講生が持つ青と赤のうちわの数で決定。俄然、会場の雰囲気が盛り上がり皆さんの頬も紅潮気味!
 一回戦でござりますー。
 ひがしー 「春寒しボタンをとめて帰る道
 にーしー「こどもたちなべをいっしょにたべましょう
東、青が登場して、句が読み上げられる。西、赤が登場して、句が読み上げられる。
そこで、見合って、見合ってー。ハッケヨイ、ハッケヨイ、ノコッタ
一斉にどちらかの団扇をあげる。
 そのたびごとにあがる歓声と拍手。跳び上がり喜ぶ人、仲間の健闘をたたえる人・・・。
対戦が進むごとに全員大興奮。それは愉快でうれしい光景でした。
国や育ちや肌の色が違おうと、みんなが一つになって繰り広げられた俳句相撲。
学びあう喜びと尊さを心底感じた春の夜の2時間でした。
それにしても、20数年前から外国人の方にあたたかく寄り添い支援されてきたメンバーの皆さんのご努力に深く頭が下がりました。記念の一句を持ちカメラに収まる受講生の皆さんのお顔が素敵でした。
最後に、横綱になった一句と、ほかの皆さんの俳句をご紹介しましょう。

雲南の河あたたかし桜咲く・・・横綱句
 ・春さむしボタンをとめて帰る道
 ・こどもたちなべをいっしょにたべましょう
 ・待ちわびるアルゼンチンの夏休み
 ・あきのつきほしもあそぶやわれもみる
 ・おかあさんほたるみましたとよた町
 ・吉林の根雪は布団純白に
 ・セミのこえ夕暮れ時に起された
 ・はるきたらけんこうのためさんぱいす
 ・受験の日お守りもたせ祈りこめ
 ・ゆきつもるきょうとのおてらめぐるかな
 ・川の裾眩しくゆれる花いかだ
 ・あかいばらかおりをはこぶラブレター
 ・もりできくおうむのこえがきもちいい
 ・きらきらとはるのあわゆきてにうける
 ・忘年会さけでかんぱいおさしみと
 ・テレビ点け笑顔が素敵新垣結衣
 ・春の朝早く起きろよパン屋さん
 
    (岡 昌子)   2017年3月11日
頭陀袋 その三十二】
 下関に「外国人に日本語を教える会」というボランティア団体があります。
その会の方から、生徒に俳句を教えて欲しいという要請を受け、20日の月曜日、会場の海峡メッセに行ってきました。受講生の出身は東南アジア、中国、韓国、アルゼンチンなどさまざまですが、これまでのご指導と本人の努力の賜か、私の話はおおよそ理解できる力をつけておられるように感じました。開始時間の夕方6時、お仕事帰りの駆け込み組も加わりにぎやかになったところで授業開始です。
 最初に、女性俳人菊舎の生誕地は下関であり、俳句を詠みながら諸国を巡った旅人であることなど簡単に紹介した後、いよいよ俳句の学習・・・。運営メンバーのおひとりが「下関の名所かるた」を持参くださっており、その中の数枚を使って、季語と季節を当ててもらいます。5・7・5音の短詩、季節のことばである季語を一つ入れるなどの俳句のきまりを説明する導入教材にはうってつけでした。
 早速、当日の受講生21名が初めての俳句作りに挑みます。辞書をひく人、談笑している人、じっと考え込んでいる人、質問する人・・・。助言を加えつつ30分間、全員が一句を仕上げました。 
 一旦休憩したあと、後半は出来上がった俳句で相撲をとります。
メンバーの先生方に、生徒の一句ずつを急いで大きく清記してもらい、相撲の準備。
勿論、無記名で他の人には作者はわかりません。誰がどのような俳句を作ったのか、一同興味津々です。皆さんもお楽しみに! 次回につづく・・・。
   (岡 昌子)   2017年2月23日

頭陀袋 その三十一】 
 平成29年丁酉の小正月、皆さまお元気でお迎えでしょうか。
斯くいう私、正月3日から風邪にてダウン! 呼吸器が弱いため抵抗力がなく、6日には、家人に連れられ受診・点滴・・・静養。
そんな中、目に飛び込んだ一冊の本『私が日本人になった理由』です。
 この本は数年前、ドナルド・キーン氏の側近の方から恵贈され一度は読んでいたものです。
キーン氏ご所蔵の芭蕉軸が取り持つご縁で、こちらからも『菊舎俳句集』や『菊舎慕情』をキーン氏の許へお届けいたしました。
ドナルド・キーン著のこの本が、今年の私の読み初めです。
改めて拝見して、日本語に魅せられた氏の日本文化に対する熱い思いと、造詣の深さに感動を覚えました。
 この最後に「100年先の皆様へ・・・日本語こそが日本人の宝物と信じて疑いません。ぜひ守ってください。これこそは私の一番の願いです。お願いします。」と記されています。
 この文を読んだ時、昨夏来日されたアメリカ、エモリー大学のクラウリー先生を思い出しました。
 私たち日本人がすっかり忘れ去っている日本人としてのつつしみある物腰とこころを、米国人の両氏のうえに強く感じるのです。
以前から、心ある識者は「文化を大切にしないところは廃れる」と警鐘していますが、その基となる日本語が、どんどん失われている現状は目を覆うばかりです。
特に、日常会話の出来ない子どもの増加は、深刻の一途をたどっていると言われています。
 「日本語こそは宝物」というキーン氏の思いをしっかり受け止め、私は俳句を通して、日本語の素晴らしさを伝えていく一年にしたいと決意しました。
お蔭さまで風邪も完治し、心身ともにすっきりと酉年のエンジン始動です。
    (岡 昌子)   2017年1月15日
頭陀袋 その三十】
新年おめでとうございます。
本年もお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
菊舎は酉どし生まれです。
  雲水の翅のさばやとりの春   
還暦を迎えた新春の一句です。

酉どしの今年、菊舎顕彰会はまた、大きく羽ばたくことになりそうです。
行事は、追々お知らせいたします。
とはいえ、私も来月2月2日には満73齢となり、
191年前の同日、生誕地田耕の専修寺住職あての書状に
何をして七十三つをくらしぬと とへどこゝろにあとかたもなし
と記している菊舎と同じ齢となりますし、
皆さまの強力な支えがなければ活動ができなくなりそうです。
お力添えをお願いいたしますとともに、
皆さまのご健勝を切に念じ、初春の御挨拶といたします。
   (岡 昌子)   2017年1月1日

頭陀袋 その二十九】 
菊舎俳句で2016年の年の瀬のごあいさつ。

 片づかぬものやこころのすゝ払ひ
 親といふ名になをとしを惜みけり
 こゝろこゝに洋々たりな年の波

大掃除をしながらも、あれを思いこれを思い
きれいさっぱりいかないのが、心の煤払い。
ましてや、子を持つ親ならばなおのこと・・・。
しかし、その日その時、懸命に生きた今年。
生きたというよりも大きな恵みに生かされた命。
休むことなく寄せては返す波のように、ご恩のただなかに
今年も暮れていく・・・。心は感謝にみちあふれる。

菊舎顕彰会の皆さん、ホームページをご覧いただいた皆さん、
たいへんお世話になりました。心よりお礼申し上げます。
    (岡 昌子)   2016年12月30日
頭陀袋 その二十八】
 「青のりに先づ春を見る歳暮哉
菊舎の生誕地豊北町は、昔も今も海山ともに美しく、海産物や農産物にも恵まれている。
菊舎が地元の俳友から特産の青のりをお歳暮にもらい、その礼状に書き添えたのがこの一句。
戴きものに対して、必ずと言ってよいほど句や歌を詠み、お礼をしたためている菊舎。
「俳人たる者、見習うべし!」と、時には真似もしてみるが、これが、なかなか~。
ついつい、文明の利器に頼ってしまうことが多く、面目次第もない。
時のたつのは早く、一字庵十一世となって20年が経ち、在任年数は歴代2番目となった。
そして、菊舎の齢74も、そう遠くない将来となったいま、何をなすべきかと自問自答している
12月である。風邪が流行ってきたようで、お気をつけください。
   (岡 昌子)   2016年12月10日

頭陀袋 その二十七】 
 「秋はゆくにゆくにと言ふて遊びけり」菊舎
私も全くこの俳句のような一週間を過ごした。

11月23日「礒村秀雄の詩と童話」豊北公演鑑賞。
   24日 山口ケーブルテレビ「にんげんGO!」取材
       吉本興業山口県住みます芸人の「どさけん」来訪、案内。
   25日 ヴォーカルデュオ 
       フォッサマグマin下関「五感が開く健康増進ライブ」鑑賞。
   26日 山陰観光列車みすゞ潮彩イベント「おもてなしトレイン」
      「旅に遊び俳句と遊ぶ」と題して、下関駅・滝部駅間に乗車トークショー。
   27日 本願寺山口別院報恩講参拝。

詩・童話・ライブ・香り遊び、そして、取材や観光協力もしたが、疲労感はなかった。
むしろ心身ともにリフレッシュして、冒頭句の菊舎の気分を味わった。
26日の乗客の皆さん!
短い出会いでしたが、俳句を詠んで菊舎顕彰会に送ってくださいねー。待っています!
  山陰観光列車みすゞ潮彩イベント「おもてなしトレイン」
    (岡 昌子)   2016年12月4日

頭陀袋 その二十六】
 菊舎顕彰俳句大会が終わり、ほっとした途端、帯状疱疹に罹り、この頭陀袋も棚にあげたままになってしまった。 幸い大した痛みもなく、症状としては軽い方であったが、「甘く見てはいけない」との助言を頂き休養を心掛けた。
 歩行神と称された菊舎が旅に出ようとしている時、「齢を考えて自重せよ」と言われた折の気持ちをちょっぴり味わった。しかし、その反動のように、先週は山口県俳句大会をはじめ二つの俳句会と、下関市立歴史博物館(旧 長府博物館)の開館式など外出が続いた。
 開館記念企画展は、攘夷戦・下関戦争・四境戦争の展示で、菊舎作品が一点もなかったのは寂しかったが、沢山の知人と久しぶりに出会うことができた。
 第10回山口県総合芸術文化祭・第53回山口県俳句大会の県知事賞は、「帰国して先づ大根を引きに行く」句で磯部多恵子氏が受賞した。菊舎生誕地の田耕俳句会メンバーであり、力いっぱいお祝いの拍手をおくった。その上、当日の席題「明」では、夫君の清昭氏が、「二次関数解けて明るき障子かな」で特選となり夫妻ダブル入賞の快挙であった。
 菊舎が晩年に書き残している文中の「この地に風雅の繁茂せんことを・・・」の思いを継いで活動している私にとって何よりも嬉しい。小・中・高校生の部では、夜の俳句会仲間の小学3年生の孫の「ぬいぐるみ右と左に昼ねかな」も佳作に入っていた。
 これからも、菊舎尼の夢に近づけるように、切磋琢磨しつつ大いに楽しみ遊びたいものである。
下関市立歴史博物館開館の日に
   (岡 昌子)   2016年11月23日

頭陀袋 その二十五】 
 去る16日、今年度の菊舎顕彰俳句大会が終わった。
今から62年前の昭和31年の第一回大会の入賞は
すれちがふ秋灯食堂車の華麗」下関 津森 妙子
妻の指傷つきやすし栗実る」 下関 浜井 六迦
である。
1964年の新幹線開通前、食堂車付列車は私どもの憧れの的であったことを思い出す。
山口県知事杯に輝いたこの句は、一瞬を見事にとらえて共感を呼んだのであろう。
それから半世紀、生誕地で脈々と引き継がれてきた本大会で、久しぶりに地元の俳人が県知事杯と市長賞を受賞した。(受賞作品はこちら)
人口減少がとまらない片田舎でがんばっている俳句仲間にとって、大きな励みになるものと思う。この大会が契機となって、夜の句会(毎月第四月曜日・妙久寺)に新メンバーが加わり一段と活気づいてきた。
大会を終えた私は、読書(『俳句の宇宙』長谷川櫂 著)や顕彰会所蔵資料の整理にとりかかる。
    (岡 昌子)   2016年10月23日

頭陀袋 その二十四】
 ここ田耕は、たすき(・・・)という名の通りに、おいしいお米がとれる地です。
稲刈りの終わったあとの株から穭(ひつじ)とよばれる緑の芽が萌え出て
いる田んぼもあれば、黄金色に輝いている晩稲の田んぼも残っています。
農繁期にあたるこの時期、私も各俳句大会の選句に追われます。
しかし、近年はどこの大会も応募者の減少が続き寂しい有様です。
紙と鉛筆さえあれば年齢・性別・職業などに関係なく、作る楽しみ、
鑑賞する楽しみ、集う楽しみを味わうことができるのが俳句会です。
日本語がどんどん廃れている現状に、危機感を覚えざるをえません。
先ずは五・七・五音の俳句から、チャレンジしてみませんか。

 今年の菊舎顕彰俳句大会の下関市の児童生徒の応募は、
小中高合わせて17校、619名 910句でした。
大人の部は、東京から福岡までの132名178句の応募でした。
本日、どちらも選を終え、受賞者が決定しました。お楽しみにお待ちください。

 文化の秋です。俳句大会ってどんなものか覗いてみようかというお方、
あるいは菊舎生誕地の豊北町を一度は訪ねたいと思われているお方、
10月16日(日)の菊舎顕彰俳句大会にお越しください。初参加大歓迎です。

 会場の田耕農林漁家婦人活動促進センター(℡083-783-0001)に、
正午ごろにはお越しいただいて、席題一句を投句(締切12時40分)されませんか。
それをみんなで選句して、高得点15名の方々には下関市長杯賞が授与される外、
ホテルのペア宿泊券が贈呈されるホテル西長門リゾート賞も用意しています。
ふるってご参加ください。

当日のみの参加費は500円、午後3時半には終了予定です。
昨年の大会から
   (岡 昌子)   2016年9月27日

頭陀袋 その二十三】 
 たいへんに暑い夏でしたが、皆さまいかがお過ごしですか。
ここ菊舎生誕地は、7月中旬から1か月も雨が降らず、畑もひび割れ状態・・・。
今日は、昨日の雨で久しぶりに涼しい朝を迎えました。
そこで気分を切り替え、菊舎顕彰俳句大会(10月16日開催)の準備に精を出します。
大人は9月3日(土)が俳句の締め切りです。菊一句、雑一句一組として
ご応募ください。投句料は一組1000円です。
用紙はホームページから印刷できます。
子どもの部は、投句料は不要で、締め切りは9月15日(木)です。
山口県知事賞・市長賞・一字庵賞・教育長賞・選者特選賞・田耕地区振興協議会長賞
・カモンFМ賞・豊北観光協会長賞・北浦街道豊北道の駅賞・ホテル西長門リゾートなどもございますので、ふるってご投句くださいませ。お待ちしています。
    (岡 昌子)   2016年8月27日

 
頭陀袋 その二十二】
 7月18日の「俳句相撲大会つくの場所」には、多くの皆さまにお世話になり、ありがとうございました。その模様をNHKテレビが、 8月2日夕、山口県内に放映いたしました。(24日とお知らせしていた中国地方向けの放映は変更順延されます)
当日の楽しい雰囲気は、視聴者の皆さんにも伝わったようで大きな反響を呼んでいます。「これから、あちこち巡業をされたら」などと言われ・・・さて、さて、「どうしたもんじゃろな~」です。

 その余韻さめやらずのなか、8月3日、アメリカ、エモリー大学のクラウリー先生が来日され、2年ぶりの再会をしました。今回は前回と違って、ここ菊舎の生誕地・田耕の菊舎顕彰会理事宅に3泊。私宅では、菊舎著『手折菊』を前に、じっくりと菊舎談義を交わしました。そして、場所を吉村亭に移し聞香とお茶を楽しみました。 その時の様子は菊舎の里で。
 猛暑続きの真昼のお座敷で、組香【籬香】の筵でしたが、クラウリー先生は見事に中(ちゅう)、当り。私は不中~と判ったそのとき、目の前の小さな中庭に真っ白な蝶が舞い降りてきて、すぐに消えると、小ぶりの黄蝶が現れてまた消えました。
時間にして十数秒、まさに天降 (あも) りし真夏の蝶ふたつ・・・。菊舎に惹かれはるばる海を越えて来られたクラウリー女史を歓迎しに、菊舎尼が蝶となって現れたとのではないかしら・・・。こんな話しをすると、終に当代一字庵も暑気あたりしたかと言われそうですが、帰宅後、嫁にはなすと、
「お母さん、前にもそんなことがありましたね」と相槌をうってくれました。何より隣席の多恵子さんも、夢のようなこの一瞬をともに目にしたのです。不中の二人だけが捉えた残暑の蝶ふたつでした。菊舎著の『手折菊』の翻訳をめざし研究中の女史の真摯なお姿に、深い感動をうけた濃密な二日間を過ごさせていただきました。
クラウリー先生_菊舎掛軸を前にして
   (岡 昌子)   2016年8月7日

 
頭陀袋 その二十一】 
 今回は皆さまから頂きましたお便りを紹介したいと思います。

 ★ お便りコーナー
 【会員研修旅行―6月24・25日】
○大雨警報下、心配致しての出発でございましたが、雨も降らず、暑い思いもせず、いい旅をさせて頂きました。お世話下さいました方々に心より感謝致しております・・・。

○ご準備から当日の実施まで、何から何まで参加者のため、細かいご配慮を頂き、おかげさまで大変有益で思い出深い旅と俳句修行をさせて頂きました。・・・頭がちょっと活性した感じがしました。

○早速に旅吟、記念写真を届けていただき、楽しかった旅を思い出しています。研修旅行には、何時も満足して帰宅させて頂けるのはなぜでしょうか。やはり、万全の用意とご苦労をいただいているからだと感謝感謝です。

○大変機知にとんだガイドのお蔭をもちまして、有意義な満足感の中に浸ることができました。感謝申し上げます。

○いつも菊舎の旅、有意義で楽しく素晴らしいです。会長をはじめ顕彰会の皆さまのご苦労に感謝感謝です。八十路を越えた私に元気を頂きました。

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【俳句相撲大会つくの場所―7月18日】
○梅雨明けにふさわしい、盛大で何より楽しい会でした。

○盛会のうちに終わりましたこと、きめ細かいお心遣いの賜と敬服いたしております。私もしっかり楽しませていただきました。

○お疲れ様でした。あれだけの大会の運営をされるご苦労を、笑顔で乗り越えられ尊敬します。お手伝いできたこと、とても嬉しく、また充実感いっぱいでした。

○私、俳句を始めて2年余り、初戦を突破した時には本当にうれしく、たくさんの景品をいただき心苦しくもありました。参加賞の菊舎俳句手帖、大切に使わせていただきます。

○あれだけの企画を実行される方々の懐の大きさに感服します。月一回の句会も休みがちでしたが、やはり、俳句は座を楽しむものと、つくの場所で再認識しました。これからも細く長く続けようと思います。参加記念品もたくさんありがとうございました。

○俳句相撲つくの場所に出席し本当によかったー(横綱は運)。とても楽しい1日でした。相方が居ない中(急用)、皆さんがよく心遣いくださり、ありがとうございました。助かりました。全くの素人(少々かじるも基本はダメ)。
 これから少し勉強し俳句を楽しみたいと思います。皆さんによろしくお伝えください。  
  
    (岡 昌子)   2016年7月24日

頭陀袋 その二十】
 『季寄せ』や『歳時記』には、梅雨に関する季語がたくさん紹介されています。たとえば、走り梅雨・梅雨入・青梅雨・深梅雨・長梅雨・梅雨じめり・梅雨畳・梅雨の川・梅雨寒など・・・。今は荒梅雨、それに梅雨出水。梅雨明けが待たれます。
 そんな梅雨最中、7月6日には地元豊北町の滝部小学校、昨日13日は豊北中学校、先月末には、豊北高校に出向き、俳句についての話をしました。愛らしい小学一年生から、大きな体格の高校生を相手に、生徒らが実作した俳句を使って、俳句の基本を教えてきました。三校の校風はすばらしく、児童生徒も純朴でとても好感をもちました。中学校では、これから投句箱を設置するとのこと。たいへん楽しみです。ここ半月の間に滝部の小学校、中学校、高等学校と回ったことになります。このように、小中高一緒に俳句への取り組みが始まったことは、菊舎の生誕地としても、菊舎顕彰会としてもとてもうれしいことです。
 さて、いよいよ18日(海の日)の「俳句相撲大会つくの場所」が間近になりました。
昨年から、この日のために構想を重ね準備を進めてきた企画です。
菊舎顕彰会が、十数年前から創意工夫を重ねてきたユニークな俳句相撲を、会場の皆さんに喜んでもらおうと、約30名のスタッフが張り切ってお待ちしています。NHKをはじめ報道各社の取材も入り、広く紹介をされる予定ですが、「百聞は一見に如かず」、どなたでも入場できますので、ぜひ、お越しください。
海の日、きっと真っ青な海があなたをお迎えしてくれることでしょう。
では、18日(祝・月)にお目にかかりましょう!
 角島大橋
   (岡 昌子)   2016年7月14日

 
頭陀袋 その十九】 
 菊舎顕彰会が、このたび新作した二つの品を紹介します。
一つは菊舎の俳句手ぬぐいです。
これまでも菊舎自筆の句入り手ぬぐいを作ってきましたが、今回は、俳句相撲の行われる「つくの海岸」の天が瀬を詠みこんだ「年なみもしらであまが瀬わかめかな」の一句です。
 これには、故郷の「今年七十六なる漁翁、寒風はげしきに天ケ瀬に行、予が為にとて、和布をかりてをくり越せしを、よろこび謝して」と詞書があります。原本所蔵者にご了解いただき、菊舎の筆跡を複製した和手ぬぐいです。この和手ぬぐいを使って、俳句相撲のスタッフ用にそろいの袖なしを手作り中です。
「仕上げをごろうじませ」・・・。
 その他、行司や呼出しの衣装をはじめ、相撲の雰囲気を味わっていただこうと趣向をこらしているところです。
 次の一つは、『俳句手帖』です。新年・春・夏・秋・冬の菊舎の俳句116句を頁ごとに掲載、巻末には、菊舎年譜・行程図をはじめ、句会控えや、俳句作りの参考になる季寄せも付けました。
皆さんの作句のよきお供になることと存じます。
この二つの新作品、7月18日の相撲大会の会場でお披露目いたします。
 
  (岡 昌子)   2016年6月19日
 
頭陀袋 その十八】
 生誕地は、代田から、植田・青田と日々に変化し、目に美しい緑の風景となってきました。
梅雨に入り蛍の飛び交う田舎ぐらし・・・これもまた、いいものです。
 6月24日25日は、会員研修「菊舎ゆかりの地めぐり福山」があります。しかし、いま、私が走り回っているのは、7月18日開催の俳句相撲大会「つくの場所」の件についてです。
ありがたいことに、多くの企業や有志からご協賛をいただき、地元名産の景品が沢山寄せられています。そして、募集をしていた俳句相撲の関取衆も出そろい、和歌山から福岡、山口県内各地から16チーム32名が、ユニークな四股名を付け揃い踏みする見通しもたちました。魅力ある景品を目の前に、スタッフや私も出場したくなってしまうほどです。今年は観覧者の皆さまにも、名産品が当たる抽選会がありますので、7月18日海の日には、会場のホテル西長門リゾート3階コンベンションホールにお越しください。開場は13:00です。当日は連休、夏休みなどで道路の混雑が予想されます。乗り合わせたりして早目のご出発をお勧めします。くれぐれも事故のないように願っています。
 俳句相撲、長府場所から(2015年8月)
   (岡 昌子)   2016年6月6日

 
頭陀袋 その十七】 
 12日、地元の県立豊北高校に招かれ、菊舎の話しをしに出かけた。終礼の時間を使ってのわずか20分であったが、全校生130名が静かに耳を傾けてくれた。下関旧市内や長門から通学する生徒もいて、一字庵田上菊舎の名前を聞いたのは、初めてという人もいたであろう。
 「今から二百数十年前の江戸時代、ここ長門の国・田耕から、遠く『奥の細道』の独り旅に出た女性がいます。その人の名前が田上菊舎です。・・・」と語りかけ、私の宿命的ともいえる菊舎との出遇いについて話した。病苦に泣いた私の高校生活であったが、それがなかったならば、菊舎と出遇うことは生涯なかったであろうことを・・・。
 亀井勝一郎の「人生は邂逅(出会い)と謝念(感謝)である」の言葉を、今まさに実感としていることも・・・。菊舎との邂逅は、私の人生を大きく変えるものであった。そんな体験談も交え、菊舎にこんな俳句があることを紹介した。
 「受けて習ふいかなる鞭の柳をも」
 「流れ寄るものははずして柳かな」
 「雪の竹や散らす力はありながら」
 芥をさらりと流していく柳、冷たい雪に枝垂れている竹を詠みながら、はられてはり返すは俗中の俗なりという柔にして強い精神力を持ち合わす菊舎に、私は惹かれてやまない。
 郷土が輩出した文化史上でも異彩を放つ菊舎のことを、知っていただく機会を作ってくださった校長先生や教頭先生に感謝するとともに、豊北高校の生徒の皆さんにも、素晴らしい邂逅が訪れんことを念じつつ、校門を後にした。
 
  (岡 昌子)   2016年5月14日

 
頭陀袋 その十六】 
 新年度を迎え地域の振興協議会や文化協会の総会に出席した。主催者は資料作りや前準備に追われつつも、当日どのくらい出席者があるか気がかりなものである。
 菊舎顕彰会も5月8日(日)午後1時から総会を開催するが、少しでも多くの会員さんにご出席いただきたいと願っている。本年は、総会終了後(一般の方も入場可)、副会長の古川哲郎氏が、菊舎の歩いた山口県内の街道を追跡した「哲郎のてくてく旅」を、映像で紹介しながら体験談を語るとともに、顕彰会が昨年度購入した菊舎直筆の掛け軸など展示解説する。
 旅の頭陀袋には、矢立墨筆のほか茶器も携えていた菊舎であるが、今回、彼女の風雅の集大成ともいえる赤間関 伊藤家の空月庵を借り切っての茶会の案内廻文が入手できたので、皆さまにご披露したい。
 発足60周年を迎えた菊舎顕彰会は、これからも菊舎の偉業を追慕・顕彰しつつ、文化の向上に寄与する活動を着実に行っていきたいと思っている。
   (岡 昌子)   2016年4月23日

 
頭陀袋 その十五 
 丸山公園の桜ほどに貫録はないが、夫の植えた二本の枝垂れ桜は今年も美しい花を咲かせてくれた。
日ごろ枝垂れているだけに、花を咲かせる数週間前からの枝の張りかたは尋常でない。開花に向けて総力をあげている樹の姿は、まさに陣痛のごとし。花一分、二分、三分と開花をうながす生命力のすごさに感動する。咲ききった枝は、また元の枝垂れにかえり、何事もなかったように風に揺られている。目に見えない命の世界。それを教えてくれる我が家の枝垂れ桜である。
 その樹の下に三人の孫を誘い出し、にわかに花見をする。ちっちゃい弁当箱におむすびだけの粗末なお弁当だが、天蓋のさくらは見事・・・。この花の樹内を透視すると、桃色の樹液が勢いよくめぐっていると聞いたことがある。そんな話をしたり、おじいちゃんの思い出話もしたりしてにぎやか。
 ふと、40年前にも同じように庭に莚を広げて、子どもと弁当を食べていたなぁーとタイムスリップ。思えばアッと言う間。しばし過去を懐かしんでいると頭上から孫たちの声。この樹は、孫たちにとって木登りに格好な枝ぶりで、時には縄ブランコも吊るす。夏になれば蝉の生まれる樹となる。
 丸山公園の桜も良いが、我が家の枝垂れ桜は、私にとっても心通わす格別な一樹なのである。
 雲も鳥も見かへる寺のさくら哉 菊舎
  (岡 昌子)   2016年4月14日
頭陀袋 その十四】 
 顕彰会の活動も新年度がはじまり、案内資料など次々と発送している。
なかでも毎年一度の会員研修はたいへん好評で続けること17回。長野、奈良、岐阜、滋賀、京都、大阪、防府、萩、福岡、佐賀、長崎、阿蘇、大分と「菊舎ゆかりの地めぐり」は、いつ最終回を迎えるのか私にもわからない。「こんな楽しい旅はない。やめないで・・・」との参加者の声に背を押されて、まだ、行っていない土地を選定していく。何しろ、生涯の大半を諸国行脚に費やした菊舎であるから、旅先の候補は尽きることなくあるのだが、お年寄りにも優しい行程と宿や食事なども慎重に吟味して旅先を決定する。
 今年は菊舎ゆかりの港町、鞆の浦、下津井方面に、本職ガイド顔負けのスタッフが、菊舎のエピソードなども交えて、皆さんをご案内すべく準備している。
 期日は6月24・25日なのに、すでに次々と申込みが入っていて、私は全国各地の会員さんと逢えるのを今から楽しみにしている。
年会費一口1000円、会員募集中。お仲間に入っていただくと嬉しいのですが・・・。
ご入会のお願いはこちらpdfファイル
   (岡 昌子)   2016年4月1日

 
頭陀袋 その十三 
 10日間歩きに歩いた京都の寺社めぐり、それぞれに趣あり。どこを訪ねても菊舎の姿が面影に立ち心満ち足りた毎日だった。金閣寺、銀閣寺の風格の良さはさすが。今回は特に、文化9年の冬夜、60歳の菊舎が訪れ「くむやこよひ氷を煮たる水の味」、「冬しらぬ草やみながら紫野」と詠んだ紫野大徳寺塔頭の高桐院に足を向けた。二百余年前、真峯禅師(大徳寺434世・泰勝庵7世)と暁の鐘が聞こえるまで茶室で過ごした菊舎の息遣いが聞こえてくるようで、離れがたい高桐院であった。
 大徳寺山内の禅師とは茶事を主に交流があり、中でも黄梅院の大綱禅師(大徳寺435世)とは親しく、その茶室・昨夢軒を借り、諸君子を招いて口切の茶会や七弦琴を弾奏している。
すでに、私は黄梅院を拝観していたので、このたびは高桐院に独り座しゆっくりとした。
時のたつのも忘れ、ふと、喉の渇きを覚え、皐盧庵の茶室でおうすをいただき、抹茶「紫野」と玉露を買い求める。そのあとは泉仙で鉄鉢料理を頂戴し、心身共に紫野の風情を十分に味わい帰途についた。
  (岡 昌子)   2016年3月27日

頭陀袋 その十二】 
 京都の留守居役の任務を無事に終え、自宅に帰ってきました。
田舎はまだまだ寒く、
又素の厚着にもどる鄙住い
なんて、ひとりごと ? ? ?
これまで京都に行く度ごとに菊舎が訪れたと書いている場所を訪ね歩き、
地図に○印を付け、まだまだと思っていた私ですが、おかげさまで
今回でほとんど網羅した感がいたします。
宇治の三室戸寺は、前回、門限となり参拝できなかっただけに
期待して山門をくぐりました。
 暮れはつる秋のかたみにしばし見ん
 紅葉散らすな御室戸の山
  (西行)
 山吹や宇治の焙炉のにほふ時 (芭蕉)
と、本山修験宗の別格本山三室戸寺を西行や芭蕉も訪れ詠んでいます。
菊舎は38歳の折、黄檗山萬福寺で

 山門を出れば日本ぞ茶摘うた
の一句を詠んだのち、三室戸寺に詣で
・・・「よもすがら月を三室戸あけゆけば宇治の川瀬にたつはさゞ浪
と人々となふる順礼うたなどおもしろく、ありがたく、かたへに佇みて
 猶ゆかし三室の月のおぼろ影 

と書き残しています。
 それから226年後に詣でた私、西国観音霊場の巡礼者には会いませんでしたが、
鶯のひと声が迎えてくれ、ありがたく、しばし参道に佇みました。
  鶯の初音に遇へる三室かな  昌子
   (岡 昌子)   2016年3月10日