江戸時代、下関の生んだ旅する女流文人「田上菊舎たがみきくしゃ」を顕彰する菊舎顕彰会のページです。
−お知らせ−
 菊舎便りが発行されました。菊舎顕彰会会員限定の冊子です。
菊舎便りは定期的な刊行物ではありません。コロナ禍により
今年の行事の殆どが中止となったため、会員間の親交を図るために
今回特別に発行した冊子です。会員になられた方には(年間1口1000円)、菊舎便り俳句大会の応募用紙を発送させていただきます。
磯部会長の
「菊舎便り」発刊に際し
(pdf)
令和2年10月18日に開催予定でした菊舎顕彰俳句大会は新型コロナウイルスの影響を鑑み、会場での開催を中止し応募句のみによる審査・結果発表・賞状(賞品)の発送となりました。

投句用紙→PDF


会報20号でお知らせしました
今年度の行事のうち
@顕彰会総会(5月10日)
A研修旅行佐賀(6月6日)
B企画展(7月11,12日)
以上の3行事につきましては
新型コロナウィルス感染防止
の観点から中止の決定を
させて頂きました。


会報20号を掲載しました。
→PDF
更新履歴
 
「菊舎便り」を会員の皆様に発送しました。

【7月の菊舎句】

晴なちなみひる顔の昼もとめけり
           京都島原  三十八歳

 京の島原は、江戸幕府公認の花街として
有名だが、遊宴の場にとどまらず、文人墨客
が集う文化サロンのような場所でもあった。
茶会や句会も開かれて客をもてなす太夫や、
揚屋・置屋の主人にも和歌俳諧のたしなみ
が求められていたという。炭太祇を中心と
する「島原俳壇」も形成され、蕪村もなじんだ
花街。菊舎は七条住の尼石田倭泉に連れられ、
美濃派以外の俳人たちと島原で句座を
楽しんだ。これは「他流派と交わらない」という
当時の美濃派の掟から外れる行動である。
即興で詠んだ菊舎の掲句、「
晴な因み」から
昼顔の昼」と想像するに楽しい・・・。
惜しいかな、島原で会ってほしかった蕪村と菊舎。

京都 島原大門
江戸時代の島原は単に遊宴に
とどまらず詩歌連俳等の文芸が
盛んで、中でも俳諧は島原俳壇が
形成されるほど活況を呈していた。
菊舎顕彰会
〒759-5512山口県下関市豊北町田耕795
電話/FAX 083-783-0734
e-mail:info@kikusha.com
ご意見等何でもどうぞ→

099397

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