歴代の宗匠が京東山雙林寺で芭蕉忌を勤めていた当時の寛政二年三月、大野傘狂主催の芭蕉百回忌取越法要が執行され菊舎も参列しました。
そして、芭蕉の別号「桃青」をふまえ
「百とせの手向や桃は幾千とせ」
の句を手向けます。
近年発見されたその折の興行席図によると、五十韻参加者中、女性は菊舎ただ一人で、
「長門ノ行脚 詩歌ヲ能クス」
と記されていました。
雙林寺は、のちに円山公園設置などにともない縮小されましたが、参道途中の西行庵には、今も支考など美濃派道統の貴重な碑が遺されています。
その後、菊舎は京の神社仏閣や名所を巡り、都の春を堪能します。
―顕彰会員・元永伸枝さんの
絵手紙作品を掲載します―