菊 舎 交 流 人 物
野村信我(白寿坊道元) 江戸下谷住。幕府御家人。通称平太夫。名は安長。号は白寿坊道元・竹華仙。美濃派(以哉派)7世道統。
大野傘狂(朝暮園・是什坊) 美濃国岩手村住。竹中氏家臣。名は親芳。号は朝暮園・是什坊・老森庵。美濃派(以哉派)6世道統。菊舎の師匠。
伊藤宗長(自然斎) 美濃国住。竹中氏の家老。桜雲亭・櫻寧舎・自然斎。菊舎の茶道の師匠。
高木百茶坊(細竹廬) 美濃国政田の庄屋。名は重助。号は巒古・細竹廬。傘狂の高弟。菊舎を伴って九州を行脚する。
山本友左坊(雪香園) 美濃国本巣郡美江寺本陣。卓路。号は雪香園。美濃派(以哉派)9世道統。
富岡吟松(嘯月庵) 伊勢国住。呉服商の長女。名は徳章。嘯月庵。漢詩を能くす。
香川景柄(梅月堂四世) 京都住。徳大寺家に仕え、従六位陸奥守。歌人。景樹の父。
上林道庵 京都宇治の茶師。
清岡長親(楽只菅公) 京都住。文章博士。楽只菅公。翰林菅公。式部権大輔。正三位。
西園寺賞季 京都住。右大臣。従一位。菊舎の七弦琴に「流水」の銘を与える。
徳大寺実祖 京都住。前内府公のち右大臣。従一位。西園寺賞季の弟。香川景樹門、歌人。
眞峯禅師(泰勝庵) 京都臨済宗大徳寺434世。宗正。
大綱禅師 京都臨済宗大徳寺435世。宗彦。
中村宗哲(漆畝) 京都の塗師。5代宗哲。名は守一。通称八郎兵衛。号は漆畝・豹斎。中村家は茶道千家十職の塗師。
竹中文輔(済美堂) 京都住。医師。字は温。号は南峰・済美堂。詩文・茶道に通ず。
野田治兵衛(橘屋) 京都寺町の書肆。菊舎の「手折菊」はここより上梓する。
平松時章(琴仙公) 京都住。権大納言。正二位。琴仙公。関西琴道の祖。菊舎に弾琴・清音を教授する。
倭泉(松林庵) 京都住。石田賦泉の妻。号は松林庵・傘庵。俳諧・書を能くす。
小石元瑞(龍) 京都の蘭方医。字は元瑞、名は龍・号は蘭斎、秋巌仙史など。頼山陽ら文人と交遊し趣味人としても一流。父元俊の死後、医学塾・究理堂を継ぐ。その究理堂文庫には菊舎の作品も多く残る。
小田海僊(百谷) 京都住。長門国下関の人。萩藩の一代絵師。名は瀛。字は巨海。号は百谷・海遷・蘭豈南。京に上り、四条派の松村呉春(月渓)に師事。その後独学で中国画を学び京都を代表する南画家となる。頼山陽、小石元瑞、田能村竹田らと交遊する。
慈仙(忍仙如慧) 大坂のち江戸住。黄檗宗の画僧。和泉大津の人。慈仙のちに忍仙。号は竹林道人。四日市不動寺住持、江戸瑞聖寺26世。山水、墨梅を能くす。菊舎の画の師匠。
馬場栄子(賈玉) 大坂住。号は賈玉。和歌を能くす。菊舎の七弦琴の弟子。
川井江隠(歌仙堂) 大坂住。号は立斎・不関。歌仙堂・肖翁とも称す。菊舎の和歌の師匠。歌人の川井立牧は父。
木村蒹葭堂(世粛) 大坂堀江の酒造家。詩画を能くし、中でも本草学(博物学)を極めた。その邸には珍書、奇書、骨董を集め文人墨客が多数訪れた。
栗山景範(春水) 萩藩側医。孝庵3代。字は子高。号は幸庵春水。詩文を能くす。
羽仁 寛(竹奥舎其音) 萩藩大組士。竹奥舎。菖蒲庵一世。菊舎を傘狂に紹介する。
宍戸乙二(桃戎) 萩藩大組士。号は娯中坊・一二坊。菖蒲庵2世。
武藤留楚(随順院) 萩藩主毛利重就の側室。長府藩主匡芳(まさよし)の生母。菊舎が俳号を命名。
素信尼(裏涼庵) 萩藩御用絵師大楽探文の妹。絵を能くす。菊舎の俳友。
大愚和尚(祇樹亭) 長門国萩住。黄檗宗の僧。萩藩主毛利家の菩提寺東光寺15代住持。茶室思君亭にて茶を嗜む。
八谷直人(聴雨) 萩藩大組士。聴雨。東光寺上の別荘を菊舎に貸し、菊舎が「樹々亭」と命名(のち此処で吉田松陰が誕生)。
上田堂山(不昧居) 周防国吉敷郡台道村(現防府市台道)の酒造家。名は光陳。通称少蔵。号は不昧居。和歌を能くす。
蒲生鳳林(貞固) 長門阿川毛利家の目付役。郷校時習館教授。字は子整。通称九兵衛。諱は貞固。経史や漢詩を能くす。家督を長男に譲ったのち、滝部に私塾中山館を開く。
村田桃葉(蓁々園) 長門国豊浦郡田耕村(現豊北町田耕)中河内の庄屋。名を儀兵衛。号は蓁々園。菊舎婚家の本家。一字庵2世。
中野謙蔵(望洋園一廬) 長門国豊浦郡和久(現豊北町神田上和久)浦年寄。名は維敬。通称謙蔵。号は望洋園一廬。蒲生鳳林の門下。俳諧・書・活花などを嗜む。
竹田峯秋(琴松舎) 長門国豊浦郡神田村(現豊北町神田上)の酒造家。庄屋。名は九兵衛。号は琴松舎。俳諧を嗜む。
中野景徳(長嘯) 長門国豊浦郡西市の大庄屋。酒造業。名は源蔵。号は長嘯・豊台。漢詩・和歌・俳諧・書画に巧みで亀井南冥父子に私淑。頼山陽と親交があった。
毛利元義(梅門) 長門長府藩11代藩主。号は梅門・万年・蘭斎・梅趣・梅迺家真門。俳諧・漢詩・和歌・狂歌・画・作陶など多才。「学芸の殿様」といわれた。下関勝山の砂子多川河畔で「曲水の宴」を催す。菊舎と親交が深かった。
五精庵只山 長門国長府住。只山(しざん)。大坂の汝星庵句龍より獅子門伝授。菊車の俳号を与える。
度会東明(文流斎) 長門長府藩絵師。笹山良意。出奔して帰参後、度会と名乗る。号は文流斎・松苑。画技は文晁を恐畏せしめたといわれる。菊舎とともに前田にある藩公の別荘で二十勝を合作する。
狩野晴皐(松隣) 長門長府藩絵師。通称は蔵槌・董信。号は松隣・環翠斎。狩野芳崖の父。
静處(素明衍聡) 長門国一宮の黄檗宗萬松院のち長府覚苑寺住のちに江戸瑞聖寺28世。詩歌を能くす。
広江殿峯(文龍) 長門国下関西細江町の醤油醸造業。名は吉右衛門。字は文龍。屋号は伊予屋、長府藩御用達。詩文・書画・篆刻に巧みで、頼山陽、田能村竹田ら文人と交遊。西江楼を文化人のサロンとして開放する。
西 逸史(竹苞) 長門長府藩士。通称源四郎、名は国香。号は竹苞斎・鷺橋。俳諧・書画を能くす。「藩中略譜」、「御当家御家人前帳」の編者。
伊藤盛永(杢之允) 長門国赤間関の大年寄。本陣。通称杢之允。シーボルトと親交を結んだ。菊舎に持仏堂の空月庵を貸す。
亀井南冥(道載) 福岡藩儒医。名は魯。字は道載・道哉。号は南冥。大坂に出て永富獨嘯庵に師事。福岡藩の西学甘棠館の総受持(館長)となる。詩書に優れる。
亀井幻庵(曇栄) 筑前福岡住。南冥の弟。京都の大徳寺で修行、のち福岡藩黒田家の菩提寺崇福寺住職。詩文に優れる。
松永子登 筑前福岡住。名は豊。通称宗助。漢文学者。博多商人。頼山陽と親交があった。
楢林栄建(公極) 佐賀藩医。享和元年より長崎在。菊舎が詩を習う。夫妻は菊舎に俳諧を習う。
鍋島左雄(来鳳館) 佐賀藩家老。通称弥平左衛門。名は茂體。号は来鳳館。
費晴湖 長崎滞在。清国出身の船主。字は肇陽(ちょうよう)。号は晴湖・耕元道人。画を能くし、伊孚九・江稼圃・張秋谷らとともに来舶の四大家の一人。菊舎を称揚した詩文(長府徳応寺の文塚裏)を贈る。
高本紫溟(川観亭) 熊本藩儒。名は順。通称敬蔵。字は子友・李順。号は川観亭。藩校時習館教授。
長瀬真幸(田廬) 熊本藩士。通称七郎平。号は田廬(たぶせ)。本居宣長門、国学者。
村井琴山(椿寿) 熊本藩医。名は椿。字は大年・叢桂。
平野柄悟 長崎住。長崎通事。平兵衛。善次右衛門。菊舎が華音・漢詩を習う。
島津重豪(栄翁) 鹿児島藩8代藩主。号は栄翁・南山。シーボルトと親交があり、中国語、蘭語を話す。
菊地東元 鹿児島藩士。島津重豪(しげひで)公に仕える。菊舎の七弦琴の師匠。

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