新・菊舎慕情
「新 菊舎慕情」連載にあたり

田上菊舎の生誕地、山口県豊浦郡豊北町(現下関市豊北町)の「広報 ほうほく」に『菊舎慕情』の連載が始まったのは、今から七年前の平成11年4月からでした。それから5年間、60回をもって一応の完結をみました。
その後、読者の方から一冊の本としての出版をすすめられましたが、次々と資料が発見され、調査の結果、これまでの菊舎行程年次など加筆修正する必要が出てきました。
このたび、菊舎顕彰会がホームページを立ち上げましたので、さきの『菊舎慕情』に手を加え『新 菊舎慕情』として、毎月、連載していくことにしました。年次を追って、菊舎の俳句を載せ、その生涯や背景をわかり易く紹介していく予定です。どうぞ、ご愛読ください。

                     著者 
一字庵十一世 岡昌子
                   
著作権 菊舎顕彰会(無断転載を禁ず) 

新菊舎慕情 56
   照らしてよ末の世かけて盆の月        
 萩滞在中の菊舎の許に、思いもかけぬ弟・多門次(俳号・一陽居今始)の訃報が届きました。寛政12年(1800)5月11日、大坂の藩邸で横目役をしていた32歳の弟が、事もあろうに自害して果てたのです。仕事柄なんらかの事情があってのことと思われますが、愛する弟を失った菊舎の悲しみは如何ばかりであったでしょう。天満東寺町の浄土宗大鏡寺に葬られ、今勝院一陽現冶居士の名が与えられました。
 当時は筆も持てなかった菊舎ですが、文化8年 (1811)7月、大鏡寺へ年々の盆供養灯籠料として、水墨書画50枚を寄進しました。しかし、残念なことに大鏡寺は昭和20年の戦火で焼失、現在、吹田市に移転しています。
後年、菊舎は甥の椋梨麗宇が藩士として初めて江戸に旅立つとき、弟と同じ悲劇を再び繰りかえさないようにと
うけて習へいかなる鞭の柳をも
のはなむけの一句を与えて送り出しています。
「照らしてよ」句書


バックナンバー
新菊舎慕情 「荻萩の・・・
新菊舎慕情 2 「月を笠に・・・
新菊舎慕情 3  「吾笠に・・・  
「染て行む・・・
新菊舎慕情 4 秋風に・・・
新菊舎慕情 5  和らかに・・・
教えの春を・・・
新菊舎慕情 6  「通さねば・・・
「関の戸を・・・
新菊舎慕情 7 花見せる・・・
破れし・・・
新菊舎慕情 8 長門なる・・・
新菊舎慕情 9 世の俳人は・・・
新菊舎慕情 10 姨捨てた・・・
新菊舎慕情 11 月も涼し・・・
新菊舎慕情 12 姨石を・・・
新菊舎慕情 13 しばらくは・・・
新菊舎慕情 14 笠ぬげば・・・
新菊舎慕情 15  「見て居れば・・・
新菊舎慕情 16  「関の渡辺氏一陽斎に・・・
新菊舎慕情 17  「稲干て・・・
新菊舎慕情 18  「読みなをす・・・
新菊舎慕情 19  「月や澄ん・・・
 「待受けて・・・
新菊舎慕情 20 「世の花を・・・
新菊舎慕情 21 踏しめて・・・
新菊舎慕情 22 山中や・・・
新菊舎慕情 23 松島や・・・
指出る・・・
 
新菊舎慕情 24 雪に今朝・・・
鐘氷る・・・
 
新菊舎慕情 25 そふかそれよ・・・
新菊舎慕情 26 「爰に道の・・・
「香はうすくとも・・・
新菊舎慕情 27 「花に遊ぶ・・・
新菊舎慕情 28 船は着ど・・・
新菊舎慕情 29 頭陀の限り・・・
新菊舎慕情 30 十徳の・・・
新菊舎慕情 31 荷ひ行かん・・・
新菊舎慕情 32 「涼しさの・・・
新菊舎慕情 33 うけとらん・・・
新菊舎慕情 34 帰る晴も・・・
新菊舎慕情 35 今さらに・・・
新菊舎慕情 36 あんじさせた・・・
新菊舎慕情 37 生れかへた・・・
両の手に・・・
新菊舎慕情 38 暦にも・・・
新菊舎慕情 39 何もかゝで・・・
新菊舎慕情 40 重ね汲むや・・・
新菊舎慕情 41 うしろ楯も・・・
新菊舎慕情 42 千金の・・・
新菊舎慕情 43 またも世に・・・
教へられて・・・
新菊舎慕情 44 遊ぶ気の・・・
新菊舎慕情 45 たをれふす・・・
新菊舎慕情 46 (こも)着ても・・・
新菊舎慕情 47 山門を・・・
新菊舎慕情 48 (うぐいす)・・・
新菊舎慕情 49 夏山に・・・
新菊舎慕情 50 いたゞいて・・・
新菊舎慕情 51 泉ほど・・・
新菊舎慕情 52 ひとりそっと・・・
新菊舎慕情 53 牡丹見て・・・
新菊舎慕情 54 うきわれを・・・
新菊舎慕情 55 海にむかふ・・・

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