月を笠に  一字庵十二世通信

月を笠に 一字庵十二世通信 その二
  令和七年十二月三日

 立机を目前に控えた十月のある日、十一世の元にとんでもないものが持ち込まれました。 山口の古書店の方が持ち込んだそれは、表に二見浦と扇に書かれた梅の図と菊舎の落款、裏に各務支考の二見の句が書かれ、紛失した田耕一字庵の文台の特徴そのままの木の板でした。
 付属の箱の蓋と思われる板に書かれた内容から、表は菊舎の画、裏は萩の竹奥舎其音の書で、どうやら田耕一字庵の文台の可能性は低く、 萩の俳人に与えられた文台であるようです。
 しかしこのタイミングで持ち込まれたのは運命としか思えず、頼み込んで顕彰会の方にお譲りいただくこととなりました。
 文台は脚が失われており、また、箱があったと思われますが蓋のみが残っています。今後、足の復元や箱の新調を進めていきたいと思います。
 十二世の継承のタイミングで顕彰会にもたらされたこの文台、次代へと末永く伝えてゆきたいと思います。

一字庵十二世 古川耕誦




表:梅と二見岩


裏:支考の二見の句


蓋:菊舎風尼画とある




月を笠に 一字庵十二世通信 その一
  令和七年十月二十五日

 十月十九日、十一世岡昌子より一字庵を継承しました、十二世耕誦こと古川裕三です。 一字庵通信も十一世からバトンタッチです。どうぞ末永くお付き合いの程よろしくお願いします。
 まずは立机式、句碑除幕式、俳句大会のお礼から。
たくさんの皆様にお越しいただき、素晴らしい立机式を挙行させていただき、誠にありがとうございました。 一字庵十二世として、これまで以上に頑張ってまいりますので、皆様のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
 一回目の今回は、私の祖父でもある一字庵九世虹雨(清)の句碑を紹介します。 この句碑は、亡父哲郎が平成三十年、虹雨(清)の三十七回忌に併せて建立しました。 場所は父の農場であった豊北町田耕大庭の山中にある、国営農地の中です。 句碑を建立し、五月の連休に三十七回忌法要を無事に終えた父・哲郎でしたが、その翌月病に倒れ、治療の甲斐なく自身の誕生日でもある九月九日にこの世を去りました。
 今日、十二世継承後初めて農場を訪れた私は、句碑の前で継承の報告をさせていただきました。十一月からは白ネギの出荷も始まります。 まずは昼耕が待っているようです。

一字庵十二世 古川耕誦

 暴れ梅雨
  音して墜ちし
   吾が生涯

 第九世 一字庵 虹雨




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