よそ見 わき見 気まま旅

第44回  中山道(下諏訪)
 下諏訪 万治の石仏
 
 伊那から下諏訪宿まで凡そ9里。中山道と甲州街道が合流する下諏訪宿は、諏訪大社の名声もさることながら、標高1500mの難所、和田峠を目指す人々にとっては心の準備を整える場所でもありました。諏訪大社の神前に頭を垂れ、無事な峠越えを願ったことでしょう。
 その諏訪大社のすぐ傍に、不思議な姿の石仏が鎮座しています。万治の石仏といいます。恐らくこのような形の石仏は、他に例を見ないものと思われます。
 かの岡本太郎画伯がこの地を訪れ、ユニークな石仏を絶賛して以来、多くの人達がお参りをするようになりました。
 そのユニークな姿の石仏は、万治年間に造られた石仏なので万治の石仏と呼ばれています。万治は江戸時代の前期の年号ですが、僅か2年余りの短い期間でした。
 古くは、年号の制定権は天皇にありました。従って、吉兆や災異によってしばしば年号は改められました。短い年では1年で変わった年号もあります。
 それでは万治年間にはどのような大事件があったのでしょう。調べてみるとありました。万治の大火です。江戸の家々の数千戸が灰になりました。武家屋敷も数百戸が被害を受けました。
 天皇は躊躇うことなく年号を万治から寛文に改変しました。
 
 (中村 佑)    2017年5月15日



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