よそ見 わき見 気まま旅

第43回  中山道(伊那)
 ―伊那七谷の不死泉(しんずらしみず)―
 妻籠を出た菊舎は中山道を東に外れ、ススキの穂波とアカトンボの群を友に、天竜川に平行する伊那街道を北進しました。
急流として名高い天竜川ですが、秋のこの頃、岩を噛む水の流れは青く、砕けるしぶきは陽の光を力一杯はじいて眩しく、菊舎の歩みも自然と軽やかになったはずです。
 ふと見るとこんこんと湧き出る綺麗な清水が、街道を少し右に外れた所に見えます。不死泉と呼ばれています。不死泉とは面白い名前の泉ですが、その味は格別だったようです。勿論菊舎もこの水を味わい、竹筒を美味しい水で一杯にして旅を続けたに違いありません。
 此の地のあるお大尽が、ことの外この清水を気に入っていました。年老いて死期が迫ったある日のこと、もう一度あの水が飲みたいと言いだしました。そこで下男は大慌てで水を汲みに走りました。
 やっと泉に辿り着きましたが、随分時間も経ってしまったので「もう、だんな様は死んずら」と呟きました。以来この清水を「しんずらしみず」と呼ぶようになりました。
 伊那の山々に降る雨は、七つの谷を下って天竜川に注ぎ、地中深く滲みこんだ水は、永い年月を掛けて真新しい水に生まれ変わり地表に湧き出ます。
生まれ変わった不死泉の水を飲んだお大尽、以来すっかり元気になったそうです。

 (中村 佑)    2017年3月1日



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