よそ見 わき見 気まま旅

第37回  中山道(大津)
 三井寺―教待堂(きょうたいどう)

 京を後にした菊舎は、大津の打出から舟に揺られ石山寺にかかる月を眺めながら三井晩鐘に耳を傾けました。この時6月。中秋であれば、と些かな不足はあったかも知れませんが、いちどきに近江八景の二景を試みています。
 その三井晩鐘は、音の美しさから環境庁により「残したい日本の音風景100選」に選ばれています。だけど、実は400円を払えば誰でも撞くことが出来るのです。列を作った観光客が次々に鐘を打ち鳴らせば、折角の音風景100選も、静かな境内を騒がす耐え難い騒音でしかなくなってしまいます。
 観光客の多くは、金堂や晩鐘にばかり目が行ってしまい、殆どの人が一顧だにせず通り過ぎてしまうお堂が三井寺にあります。教待堂といいます。三井寺が今日のような大寺院になったのは円珍の力だといわれていますが、円珍の出現までは教待和尚が寺を護持していました。
 堂の前の、文字が半分消えかかった説明板には「それまで寺を護持していた不思議な老僧教待和尚は、円珍を迎えると共に石窟に姿を隠した。」というような事が書かれています。
 後に円珍は石窟の上に一宇を設け、教待和尚の廟としました。以来、三井寺で僧が出家する際の落髪は、この石窟に収める慣わしになっているのだとか。
 (中村 佑)    2016年9月5日



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